山口県周南市。瀬戸内海に面する人口14万人ほどの、のどかな町です。決して都会とは言えない規模の町ですが、海岸沿いには大きな石油化学コンビナートがあり、その美しい夜景は、山陽本線や山陽新幹線の車窓からも眺めることが可能。特に山陽本線はコンビナートのすぐ真横を通過するため、九州方面への夜行列車で旅した世代にとっては、山陽路を旅する印象的な光景として、記憶に残る場所かも知れません。しかし、この街には、意外と都会的な場所があるとのこと。

こちらは、その周南市の玄関、徳山駅です。1日数本ですが東京と直通する「のぞみ」も停車する駅となっており、工業都市として発展してきた周南市の性格を示しているようにも思えます。現在は市名と一致しない駅名となっていますが、2003年までは、ここは徳山市であり、駅名と市名が一致していました。周南市は徳山市と新南陽市などが合併して誕生した地名で、旧国名の周防(すおう)の南部という地域名称が由来。

 

広島と結ぶ目的で、浜田市に建設が進められた国鉄今福線。1940年(昭和15年)に下府(しもこう)駅から石見今福(いわみいまふく)までの路盤が完成したものの、陽の目を見ることなく、長年放置の状態が続きます。25年後の1965年(昭和40年)に広島側の可部線「三段峡」駅と石見今福を結ぶ路線(広浜線)の建設が決定し、遂に鉄道として陽の目を見るかと思われましたが、1969年(昭和44年)にルートの変更が決定し、浜田から直線的に石見今福に達する「今福新線」の工事が始まることに。戦前に建設された今福線は完全に放棄され、今福新線は広島側の可部線と一体となり、広浜(こうひん)線として山陽と山陰を結ぶ幹線鉄道となる役割が期待されることになりました。

★↓図をクリックすると拡大表示します↓★

※この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものを利用しています。利用の目的第8項、サイズ規定5枚までの1枚に該当。

こちらの図(図1)は前編で示した、今福(旧)線と今福新線の路線図です。結局、今福新線も広島側までつながることなく、1980年(昭和55年)に工事は中止。石見今福には、新旧2つの未成線が残されるという結果となりました。前編では石見今福駅予定地から、今福新線と旧線を見比べながら、8番地点までたどりましたが、今回は今福旧線をたどりながら、山陰本線「下府駅」へ。あと少しというところまでこぎつけながら、果たせなかった広浜線の開通。その陰には、国と地元を巻き込んだ微妙な駆け引きがあったと言います。鉄道建設の熱に沸いた昭和時代を思い浮かべながら・・・前編からの続きです。

中国地方に網の目のように広がるJRのローカル線。山陽と山陰を結ぶ、陰陽連絡線として重要な役割を担っている一部の線区を除き、その大半は優等列車の運転もなく、普通列車が1日数本走るだけの、超閑散路線となっています。先日、そのような中で廃止が発表され、風前の灯となったJR三江線を訪ねましたが、その三江線からもほど近い浜田市には、現在の鉄道路線図にはない別の陰陽連絡線構想が存在していました。広島県広島市と島根県浜田市を結ぶ、広浜(こうひん)線構想です。

上図は、広島県と島根県付近の鉄道路線図(図1)です。広島と浜田を結ぶ鉄道建設構想には、かなり古い歴史があり、昭和初期には広浜(こうひん)鉄道という私鉄が、すでに広島市内に存在していました。一方、国の方でも1927年(昭和2年)には広浜線の建設計画が決定され、1933年(昭和8年)には広島側から可部−加計、浜田側からは下府(しもこう)−石見今福の建設を開始。国鉄広浜線のルートと重なる私鉄の広浜鉄道は、1936年(昭和11年)に国に買収され、これが現在の可部線となりました。下府から石見今福への工事は、資材不足に悩まされながらも順調に進み、1940年(昭和15年)までには、ほぼ路盤が完成していきます。

前回、ハチ高原の新春花火大会を見てみましたが、兵庫県北部の名所をもう少し。養父(やぶ)市の北側に位置する、豊岡市。ここには天然記念物の玄武洞があります。○○洞と名がついていますが、自然の洞窟ではありません。

ということで兵庫県豊岡市、玄武洞の案内板の前に来ました。大小合わせて5つの岩壁(洞)があり、右から「青龍洞」「玄武洞」「白虎洞」「南朱雀洞」「北朱雀洞」の順に並んでいます。そして、ここは山陰本線玄武洞駅が最寄り駅なのですが、肝心の駅は円山川を隔てた対岸にあり、この川には、はるか先まで橋が架かっていません。これでは玄武洞駅を名乗りながら、玄関としての役割を果たしていないようにも思えますが、実は、駅前から渡船が出ており、この玄武洞の前まで渡ってくることが出来るようになっています。

新年あけましておめでとうございます。暖かい春のような、非常に穏やかな正月となりました。2015年の正月に続いて、今年も兵庫県北部の養父(やぶ)市へ。

2015年の正月に訪れた時は、豊岡市付近で猛烈な大雪に見舞われ、引き返して参拝した養父(やぶ)神社ですが、今年は雪もなく、非常に穏やかな境内。

★↓2015年の模様は、こちらをどうぞ↓★

2015年初詣・大雪の養父神社へ−八鹿氷ノ山まで開通した北近畿豊岡自動車道−

昨年(2016年)の正月も暖かな陽気となっていましたので、2年続けての雪の少ない正月となりました。

神戸市兵庫区。ここに日本初となる河川用トンネル、湊川隧道があります。完成は1901年(明治34年)と今から115年前。現在は並行するように新トンネルが掘られたため、河川用トンネルとしての役割は終えましたが、レンガ造りの旧トンネルでは定期的にミニコンサートなどが開催され、遺産として大切に保存されています。このトンネルで開催されたミニコンサートの模様は、以前、当ブログでも紹介いたしました。

★↓湊川隧道でのコンサート開催の模様は、こちらをどうぞ↓★

レンガ造りの明治隧道で聞くコンサート−神戸市兵庫区・湊川隧道−

しかし今回、ミニコンサートではなく、このトンネルの通り抜けイベントが実施されることに。反対側まで通り抜けられるイベントは、そうあるものではなく貴重な機会。ということで再び、この湊川隧道を訪ねてみることにしました。

2016年11月13日、午前10時前。こちらは湊川隧道入口です。11月18日は土木の日ということで、その日に近い日曜日に通り抜けが実施されることになりました。入口前には、早くもたくさんの人々が。

1986年3月に新線へと切り替えられて廃止となった旧内子線。廃止後数年は、イベントや映画の撮影などに使用されたものの、廃線跡のほとんどは道路や施設となり、その面影を示すものはほとんど残っていません。しかし(旧)五十崎駅跡地から西へ入った区間には、廃止後30年という年月を経てもなお、当時の鉄路がそのまま残されていました。深い藪と崩壊した土砂に阻まれていた、この廃線跡を再び整備し、地道に守ろうとする取り組みが、今、現地で始まっています。国鉄、旧内子線の廃線跡を訪ねて。前編からの続きです。

(旧)五十崎駅跡から国道56号線を越えると、旧内子線の線路がそのまま残っている区間に出ました。廃線ウォークのイベントが開催され、案内は元内子駅長の川原さん。旧内子線の線路を、ウォーク参加者の方々がのぞき込んでいますが・・・。

 

愛媛県喜多郡内子町。ここに国鉄時代に廃止された旧内子線があります。国鉄時代の内子線は、予讃本線五郎駅から分岐し内子駅で終点となっていた盲腸線。廃止対象となっていても、おかしくない程の閑散路線でしたが、1986年(昭和61年)3月3日に予讃本線の新線が内子町を通るように完成。(新)五十崎駅付近から新谷駅付近までの内子線は、この予讃新線(工事名・内山線)に組み込まれ、特急列車も走る幹線鉄道としての役割を果たしていくことになりました。この路線変更に取り残された五郎−新谷と(新)五十崎駅付近から旧内子駅までの区間が廃止となり、経路変更に伴う廃線跡として、放置されていくことになります。

★↓内子線の廃止後数年の様子は、こちらも参照下さい↓★

http://iso4z.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-bc9f.html

↑【愛媛県内子町に消えた盲腸線、内子線−過去への招待−】↑

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

しかし経路変更から、ちょうど30年。建設された高速道路に飲み込まれ、並行する国道の改修工事に消えたりと、分断されながらも、旧内子線の線路は撤去されることなく深い藪の中に残されていました。地元の有志の方々により、鉄路が残されていたこの廃線跡は、草刈りなどの整備が行われ、再び陽の目を見ようとしています。地元ではTVで紹介されたり、廃線ウォークも企画されたりと、残されていた旧内子線の鉄路は、少しずつ話題となっている様子。今回は復活しつつある、この旧内子線を訪ねてみることにしました。

11月に入り、すっかり寒い日が多くなりました。一気に深まる秋・・・というか、もう冬の足音も聞こえてくる感じですが、尼崎市の北部、武庫川河川敷では、コスモスの花が見ごろを迎えていました。550万本という関西でも最大級のコスモス畑が広がる、武庫川コスモス園。秋晴れの1日、武庫川コスモス園を訪ねました。

ということで、こちらは尼崎市北部、西昆陽(にしこや)に位置する武庫川コスモス園です。ここは武庫川の河川敷公園となっており、入場は無料。車も河川敷の空いているスペースに駐車可能ですが、協力金として300円ほど(任意の額)を徴収となっていました。公園に着くと、さっそく変な乗り物が。ソーラーカーの「あまこうまる」です。その名の通り、尼崎工業高校の生徒さんによる製作で、時速20km/hで走ることができます。充電を繰り返しては、園内を周遊。

広島県の三次(みよし)市と、島根県江津(ごうつ)市を結ぶ、JR三江(さんこう)線。1930年(昭和5年)に江津市側から部分開業し、1963年(昭和38年)までに三江南線として三次−口羽、三江北線として江津−浜原が完成。その後、しばらく南北に分かれたままの状態が続きますが、1975年(昭和50年)8月31日に残っていた口羽−浜原が開通して全通。三次−江津108.1kmが完成し、広島県と島根県が結ばれました。

こちらは、三江線(赤線部分)の路線図です。山陽と山陰を結ぶ、陰陽連絡線としての役割も期待できるかと思われた路線でしたが、江の川に沿って進む路線は、最後に開通した口羽−浜原間以外は線形も悪く、全線の通過には大変時間もかかり、また沿線は人口希薄地帯であることから、利用は極度に低迷。ほとんど優等列車も走らないまま、中国地方のローカル線の中でも屈指の超閑散路線となってしまいました。代替道路の未整備という理由もあり、何度も廃止の危機を乗り越えてきましたが、2016年9月30日にJR西日本は、遂にこの三江線の廃止届を提出。今回は、2018年3月30日をもって廃止の予定となってしまった、この三江線を訪ねてみることにしました。

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