戦前から計画が進んでいた日本初の高速鉄道計画、弾丸列車構想。大阪以西は、山陽新幹線のルートとして生かされる区間もなく、この当時の計画ルートは不明となっていましたが、新大阪−新姫路の区間については、遂にその概要が明らかとなってきました。この調査の経緯につきましては、少しずつ進展する度に当ブログ内で詳細に取り上げてきたため、結果的に大変細切れの記事となってしまい、大変恐縮ではございますが、序章から第一部完結編まで全15記事をご覧頂ければと思います。

そして、この度、神戸史学会発行の「歴史と神戸」2016年4月号(通巻315号)に、この弾丸列車構想の兵庫県内全ルートをまとめた記事を出すことができました。ここにご報告申し上げますとともに、ご協力頂きました関係各所の方々、そしてこのブログを通して興味を持っていただいた全ての方に、お礼申し上げます。本当にありがとうございました。

★↓神戸史学会のホームページ(入手案内)は、こちらをどうぞ↓★

http://www.kobe-sigakukai.com/nc/htdocs/index.php?page_id=34

最新号は、元町商店街の海文堂に置いてありましたが、残念ながら閉店してしまいました。現在は、南京町の西側出口から、少し南へ行ったところにある「うみねこ堂書林」で入手可能です。よろしくお願い致します。

★↓うみねこ堂書林のホームページは、こちらをどうぞ↓★

http://www.portnet.ne.jp/~uminekodo/

今回は、この掲載を記念し番外編と致しまして、兵庫県内の全ルートを振り返りながら、広島に残された弾丸列車のルートを訪ねてみたいと思います。

上図は、大阪−神戸の弾丸列車ルートです。

1940年(昭和15年)に開業した東海道本線の東淀川駅。弾丸列車構想が具体化する中での開業であり、この駅のすぐ北側で弾丸列車(新幹線)と交差、ここが新大阪駅となる予定でした。

弾丸列車建設予定地は、この淡路中学校付近。元々淡路小学校の位置にありましたが、1957年(昭和32年)に移転、開校しています。

大和工場、水谷ペイントの間を抜けて、神崎川を横断。こちらも工場の敷地の間に、住宅地として予定地が残っていました。

盛り土の残る付近で、旧猪名川と猪名川を横断。

当時の陸軍用地、南側をS字カーブを描きながら通過し、利昌工業の北側から、この道沿いを一直線に西へ。

武庫川を渡って、JR西日本松山寮付近を通過。ここから阪急神戸線を一直線に斜め横断するのではなく、一旦並行気味に進み、西宮北口駅構内でS字カーブ気味に斜め横断する構想だったと思われます。この辺りのことは、詳細が判明しましたら、また追加記事にしたいと思います。

西宮北口駅で阪急を横断後、平木中学校の敷地、大社小学校の北側を通過、夙川を渡って、越木岩の住宅地に入ります。住所的には西宮市木津山町から西宮市深谷町にかけてで、ここには当時の住宅地造成の中で確保されていた弾丸列車用地(築堤)が、かなりの長さで、そのままの形で現存しています。新幹線の原型となった世界初の高速鉄道の遺構と呼べるものであり、日本の鉄道史の1ページを語る近代化遺産として、ぜひ保存の検討をして頂きたいと思います。

越木岩から六甲山のトンネルに入った後、神戸から明石の図はこちら。

現在の新神戸駅とは違って、ここはまだトンネルの中。当初、兵庫区の平野に駅の建設が予定されたものの、新神戸駅は地下駅に変更され、布引の地下に計画。布引の滝周辺には調査抗の跡が残されており、駅の玄関は川崎邸付近を予定。これは現在のANAクラウンプラザホテル神戸付近。この付近を玄関として、六甲山の地下に「六甲シンフォニーホール」を建設する構想もありました。1991年頃のことです。巨大な地下空間に1,800名収容の大ホールを作る計画でしたが、あえなく中止。巨大防空施設とするはずだった、地下の新神戸駅を再現するような計画位置だったことは、興味深い事実です。

そしてトンネルを出て、平野の新神戸駅建設予定地へ。平野の祇園神社脇から地上に出て、1,000戸を立ち退きとする計画でした。

そして長田区の長田天神町5丁目から明泉寺町3丁目付近を通過。この付近も通過予定地点には、公園、市有地、コンクリート壁など、計画の痕跡が感じられます。

そして須磨区、妙法寺の蓮池交差点付近で、同時期に建設が進んでいた弾丸道路(神戸放射道路)と交差。写真は昭和30年頃の蓮池交差点付近。弾丸道路の築堤、橋台などがこの地には最近まで残されていました。

そして、伊川谷をS字カーブを描きながら通過。この付近は、直線的な通過も検討されていたようで、当ブログでは、そのまま2つのルートを紹介しました。野々池貯水池の北側を通過し、金ヶ崎公園の山を抜けて、加古川バイパスへ。

明石から姫路までの図です。

加古川バイパスは、その全線が、そのまま弾丸列車の用地を再利用したもの。計測した加古川バイパスのカーブ部分は、弾丸列車、そして現在の東海道新幹線の規格と同じ、半径2,500mとなっていました。

そしてひめじ別所駅前から山陽本線と斜めにクロス。現在の山陽新幹線の車窓から、弾丸列車予定地の跡を見ることができました。写真左下から右斜め上へと伸びる、細長い農地部分です。

そして森口博之氏が示された、東阿保地区の用地買収地点を通過し、新姫路駅予定地だったと言われる播但線飾磨港支線の亀山駅跡へ至ります。この先の玉手交差点付近には、姫路機関区の設置が予定されていました。

詳細は、それぞれの章をご覧頂ければと思います。

以上、新大阪から新姫路までの弾丸列車予定地、構想ルートのまとめでした。

そして、ところ変わって、こちらは広島県廿日市市の洞雲寺です。

こちらの寺の前には、現在は区画整理により広い立派な道が建設されていますが、実はもともと、寺の前には鉄道用地を示す杭が打たれていました。

それが、こちら。新しい道路沿いの公園に、場所を移して保存されています。

そして、立派な説明板も。この杭はまさに弾丸列車の建設予定地に立てられたものだったのですね。予定地を示す杭は、廿日市市を東西に貫いていたとあります。設置は地元の自治会が進めたもののようで、2013年(平成25年)12月、佐方アイラブ自治会の文字が見えました。

保存活動の中心となったのは、近くでハシモト園芸を営む、橋本さん。アポなし飛び込みでの訪問でしたが、お話を伺うことができました。弾丸列車建設の動きは、ここ広島でもかなり進んでいたようです。兵庫県から、ここまでつながると面白いのですが、さすがにとても・・・無理ですね・・・。今回は、同じ弾丸列車構想の話題として、ここに記しておきたいと思います。お忙しいところ、貴重なお話を頂き、本当にありがとうございました。この場を借りましてお礼申し上げます。

世界初の高速鉄道建設の息吹を、今に伝える、広島県廿日市市の弾丸列車構想ルート、その用地買収の杭でした。

長年に渡り、調査を続けている弾丸列車構想。今回は「歴史と神戸」掲載にあたり、番外編として、まとめ記事と広島の話題をとりあげましたが、新姫路−新岡山は、難航しているものの次回公開に向けて、少しずつ進展中です。息の長い活動となっていますが、今後とも、よろしくお願い致します。

★↓これまでの弾丸列車構想シリーズは、こちらをどうぞ↓★

西宮市に残る日本最古の「ねじりまんぽ」と謎の貨物線ー近代化への痕跡ー【序章】

幻の新幹線計画(大阪−神戸)−闇に消えた弾丸列車構想−【第一章】

よみがえる大阪−神戸の弾丸列車構想−知られざる近代化への道−【第二章】

日本最長のトンネル計画−国鉄の描いた弾丸列車構想−【第三章】

混沌と矛盾の新大阪駅−戦時下に隠された弾丸列車構想−【第四章】

阪神間の弾丸列車構想ルート完結編−そして舞台は神戸市へ−【第五章】

神戸の山中に眠る弾丸列車構想−新神戸駅と謎の軍用道路−【第六章】

ラインが結ぶ弾丸列車構想−神戸・明石建設の謎−【第七章】

神戸市内の弾丸列車建設ルートを訪ねて【第七章検証編】

姫路市内に弧を描く幻の新幹線ルート−加古川から新姫路駅へ−【第八章】

姫路市内の弾丸列車建設ルートを訪ねて【第八章検証編】

明石周辺に乱立する鉄道計画の謎−軍事都市に消えた痕跡−【第九章】

明石北方に描かれた大港都構想−浮かび上がる弾丸列車構想の全貌−【第十章】

明石周辺の弾丸列車構想ルートを訪ねて【第十章検証編】

秘められた新神戸駅建設計画の全容と幻と消えた分岐構想−弾丸列車が地域に残した痕跡−【第一部完結編】

残されていた幻の新岡山駅建設構想−弾丸列車計画と岡山臨港鉄道の軌跡−【第弐部・第一章】

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Comment
素晴らしい調査力、行動力、分かりやすい文章構成、すべてを尊敬しております。
初夏を迎えようとしていますが、健康第一で頑張ってください!
  • 応援しています
  • 2016/05/04 03:31
こんばんは。『歴史と神戸』315号が届きました。巻頭第一稿に収載された記事を読むのは、ブログの記事とは、また違った趣きですね。ご苦労さまですが、引き続き、続編をご期待申し上げます。
  • 南太郎
  • 2016/05/07 00:21
応援していますのコメント、ありがとうございます。記事の間隔も開いておりますが、たとえ少しずつでも、まとめたいと考えています。楽しみにして頂き、ありがとうございます。今後とも、よろしくお願い致します。
南太郎様、いつも、ありがとうございます。
315号も見て頂いたとのこと、恐縮でございます。歴史と神戸では、内容はほぼ同一とは言え、当ブログで書いてきた構成とはかなり違いがあるかと思います。ブログの方では、きっかけとなった事や、調査の過程などを重視しており、ある意味、調査ドキュメント的な形となっております。また、進展がある度に書いた影響もあるかと思います。「歴史と神戸」315号では、ブログでは(まだ)取り上げ切れていない、当時の資料の内容も詳しく解説しておりますので、比較して、ご覧頂ければ幸甚に存じます。ありがとうございました。
今から20年ほど前になりますが、阪急西宮北口駅の北西側の
南昭和町と青木町に国鉄清算事業団の管理している空き地がありました
なぜこんな場所が国鉄の土地だったのかと、
当時少しは疑問だったものの深く気にすることはなかったですが
いま思えば弾丸列車と関係のある土地だったのかもしれないですね
  • マサ
  • 2016/05/10 22:38
マサ様、コメントありがとうございます。
西宮北口付近は、用地買収を含めて、かなり事前準備が進められていたようです。この付近は、当時から市街地化が進んでいたため、早めに建設準備を進める必要があったと考えられます。白紙撤回後、最終的に国鉄清算事業団へ継承された土地も多かったようですので、西宮北口駅周辺の用地は、その目的とみて間違いないと思います。計画ルート上に残されていた国鉄用地は、当時の弾丸列車計画の生き証人と言える存在ですね。
はじめましていそしずさん、DMSO-d6と申します。
マサさんが仰っていることに関連して私からも一つ申し上げると、南昭和町5丁目付近にわずかに北西に上がっている線上の敷地の境界線が見えると思います(仮になぞの敷地境界と命名します。)。これはいぞしずさんが想定された弾丸列車想定ルートと平行するもので、1948/08/31に撮影された米軍の航空写真にも写っていることからかなり昔から存在するものであることが確認されています。「http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=399308&isDetail=true
これを私は弾丸列車の敷地の境界線が今日まで残っているのではないだろうかと考えています。
また、越木岩地区の弾丸列車の土地については1948/08/31の米軍の航空写真にもその姿が写っていましたよ。
http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=19353&isDetail=true
なぞの境界と弾丸列車をまとめた図がこちらになります。
https://railway.chi-zu.net/31523.html
何かの参考になれば幸いです。
  • DMSO-d6
  • 2017/09/12 14:23
DMSO-d6 さん
こんばんは。コメントありがとうございます。
西宮北口の情報ありがとうございました。
ご指摘の斜めに向かう敷地の境界線は、
ご推察の通り、弾丸列車の跡地と確信致します。
西宮北口駅は、斜めに横断する計画で間違いありません。
私の当初の想定線より、少し南寄りに西宮北口駅に達し、
当時ダイヤモンドクロスだった西宮北口を斜め横断して、
再び想定線へと戻るコースと考えられます。
詳しくは、またブログで紹介したいと思います。
よろしくお願い致します。





   
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