西明石付近の地図を見ていると、住宅地に不思議な円形の道路を見つけることができます。場所は山陽電車の藤江駅の北側付近。ここは昔、競馬場のあった場所で、競馬場がなくなってからも、その形は完全には消えず、まるでコースが残っているかのような道路となっています。明石競馬場が廃止されたのは昭和14年(1939年)と、今から77年も前。

場所は、地図(図1)の星印付近。西明石駅から、西へ1km少しの地点です。昭和初期には、全国各地で小さな競馬場がたくさん作られたものの、あまり長続きせずに閉鎖されています。明石競馬場も昭和3年の完成から、わずか11年での廃止。今回は、その明石から、短命に終わった各地の競馬場を訪ねてみることにしました。

こちらは図1の星印付近の拡大図です。下に見えているのが、山陽電車の藤江駅。山陽電車と新幹線、そして国道250号線(明姫幹線)に挟まれた住宅地に、コースの名残が見えました。

競馬場跡は、このような感じになるでしょうか。一部不完全な場所もあるものの、コース形状がだいたいそのまま残っています。この形状が、当時のコースの位置そのままなのか、競馬場の敷地の形なのか、細かな考証をしても面白いと思いますが、今回は固い話は抜きにして、とりあえず馬になった気分で、この競馬場を回ってみたいと思います。

※回る方向も、第1コーナーから第4コーナーも、勝手に決めたもので、当時の実際の走り方を再現したものではありません。歴史考証抜きの記事として、ご覧ください。以下の別の競馬場も、全て同様です※

ということで、ホームストレートから出発!!。直線の長さは約300m。第1コーナーに向かいます。

最初のカーブが近付いてきました・・・って、あれれ・・・。

いきなり家に当たって行き止まり。第1コーナーから、いきなりの障害です。こちらは家をかわした先から、振り返って見たところ。わずかに左カーブする敷地に、名残を残しています。これでは走る訳には、いきません(笑)。

気を取り直して、進行方向を振り返ります。第1コーナー、カーブの続きが見えましたが・・・またすぐに家が。ここから住宅が建て込んでおり、第2コーナーは完全に消滅。

全然、コースを走れていませんが、仕方ありません。向こう正面の直線に入りました。

こちらも全長は約300m。第3コーナーに向かいます。

そして、第3コーナーへ。

ここは一瞬、国道250号線の歩道部分と交わってしまいますが、歩道よりも、カーブするコースの方を優先する形となっており、そのままカーブ部分を走ることができます。

カーブの半径は約100m。

第3コーナーから、第4コーナーへ。

このカーブを抜けると、最後の直線です。

そして、最後のストレートをゴール前へ。

そして、ゴール。明石競馬場跡、一周1,000mのコース疑似体験でした。

続いては、こちら(図2)、岡山県倉敷市です。倉敷駅から南西に少し。

星印部分を拡大してみます。こちらも、住宅地の中に独特のカーブが。

倉敷競馬場跡です。昭和4年に作られたものの、小さすぎたためか昭和8年には廃止され、わずか4年しか存在していませんでした。当時の敷地は、こんな感じでしょうか。それでは、また勝手にコーナーを決めて、現地を出発です。

まず、第1コーナーです。訪問日は、あいにくの雨・・・。そのため画像が悪い部分がありますが、ご了承ください。それにしても、道が狭い・・・。

第1コーナーを回ります。

倉敷競馬場は1周1,000mもなかったようで、カーブもきつめ。

第1コーナーから、第2コーナーに入ります。

そして、向こう正面、直線区間へ・・・。

直線区間に入りました・・・と、ここで行き止まり。

迂回して、第3コーナーに入ります。

第3コーナーから第4コーナーへ。

最後の直線へ向けて、ラストスパート。

そして、最後の直線に入りました。

直線部分は、全長220mほどで、明石より小さめ。

そしてゴール。直線区間の方が分断されているものの、コーナー部分は、ほぼ全て残っており、もう少しで一周全てを楽しめる(?)状態となっていました。900mほどと、少し小ぶりな倉敷競馬場跡でした。

そして最後は松山市内(図3)です。港に近い、星印の場所。

拡大図です。これは今までで一番、分かりにくいですね・・・。競馬場跡がどこか、分かるでしょうか。

正解は、こちら。三津浜競馬場跡です。ただ残念なことに、ほとんどカーブが残っていません。

それでは、ホームストレートを、第1コーナーへ。

カーブが近付いてきました。

第1コーナーに入ります。

そして、行き止まり・・・。

カーブは、ここだけ。第2コーナーは消滅、向こう正面のストレートはあっても、反対側の第3コーナー、第4コーナーも残っていません。一周1,000mの競馬場として昭和4年に設置され、戦後も細々と使用されながら、昭和30年まで残っていたようですが、痕跡はわずかとなっていました。

以上、明石から倉敷、松山と3つの競馬場跡を見てみましたが、昭和初期に設置され、早々と消えたものが多いにも関わらず、これだけ痕跡が残っているとは驚きです。娯楽も少ない時代、競馬は庶民的な楽しみの1つだったのかも知れません。今回は、雰囲気だけを楽しんでみましたが、各地に競馬場跡は残っているようですので、また機会があれば堀り下げた記事にしてみたいと思います。

昭和初期に設置された、地方の競馬場跡巡りでした。

★↓競馬の話題は、こちらもどうぞ↓★

有馬記念(第54回グランプリ) いそしずのライナーノート

そろそろ見納め〜神戸・阪神の桜模様〜 いそしずのライナーノート

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