愛媛県喜多郡内子町。ここに国鉄時代に廃止された旧内子線があります。国鉄時代の内子線は、予讃本線五郎駅から分岐し内子駅で終点となっていた盲腸線。廃止対象となっていても、おかしくない程の閑散路線でしたが、1986年(昭和61年)3月3日に予讃本線の新線が内子町を通るように完成。(新)五十崎駅付近から新谷駅付近までの内子線は、この予讃新線(工事名・内山線)に組み込まれ、特急列車も走る幹線鉄道としての役割を果たしていくことになりました。この路線変更に取り残された五郎−新谷と(新)五十崎駅付近から旧内子駅までの区間が廃止となり、経路変更に伴う廃線跡として、放置されていくことになります。

★↓内子線の廃止後数年の様子は、こちらも参照下さい↓★

http://iso4z.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-bc9f.html

↑【愛媛県内子町に消えた盲腸線、内子線−過去への招待−】↑

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

しかし経路変更から、ちょうど30年。建設された高速道路に飲み込まれ、並行する国道の改修工事に消えたりと、分断されながらも、旧内子線の線路は撤去されることなく深い藪の中に残されていました。地元の有志の方々により、鉄路が残されていたこの廃線跡は、草刈りなどの整備が行われ、再び陽の目を見ようとしています。地元ではTVで紹介されたり、廃線ウォークも企画されたりと、残されていた旧内子線の鉄路は、少しずつ話題となっている様子。今回は復活しつつある、この旧内子線を訪ねてみることにしました。

ということで愛媛県喜多郡内子町にある内子自治センターにやってきました。ここはまさに旧内子線の終点、旧内子駅のあった場所。本日は旧内子線廃線ウォークとして、ここから旧内子線の二本松隧道跡まで歩く、限定イベントを実施。

受付には20名ほどの人々が集まっていました。机の上にはダッチングマシン(日付印字器)が置かれ、何やら切符のようなものに刻印されていきます。

それが、こちら。「内子自治センターから旧内子線二本松隧道経由、旧内子駅ゆき」と印字されています。こちらは参加者のために特別に用意された切符。昔の硬券切符風にしていますが、実は普通の厚紙に印刷したものです。しかし、鋏(はさみ)も入れて、雰囲気は満点。

廃線ウォークは地元の方の参加が多いためか、簡単な説明の後、気楽な感じでスタート。ご案内は元内子駅長の川原さん。

29年前の同地点です。撮影・いそしず。1987年2月、雪の旧内子駅構内。

かつての線路の尽きるところには、国鉄旧内子線跡の碑が立てられていました。

内子自治センターから(現)内子駅までの区間の廃線跡は、道路となっています。道路をブラブラと歩いて、現在の内子駅前に保存されているC12蒸気機関車の前に着きました。

通常は外観だけ見ることのできる状態ですが、本日はウォーク参加者に特別に内部を開放。正面に見える高架橋部分が現在の内子駅です。このC12は、かつて福島県の国鉄川俣(かわまた)線で活躍していたもの。川俣線は1972年(昭和47年)に廃止されました。

通常は立ち入ることの出来ない内部は、こんな感じ。磨き上げられた計器類と、青で塗られた室内が印象的です。

ちなみにこのSLは「C12 231」なのですが、予讃線内子駅の近くには231キロポスト(高松から231km)があるそう。なんとなく縁を感じさせるエピソードですね。

そしてC12の近くには、終点時代の駅名表示板も保存。内子のとなりは五十崎(いかざき)駅ですが、この駅は難読駅としてだけではなく、回文駅としても有名です。「いかざき」とひらがな表示では回文となっていませんが、ローマ字で書くと・・・「IKAZAKI」、確かにどちらから読んでも IKAZAKI ですね。

(現)内子駅を後に、(旧)五十崎駅を目指します。皆、思い思いにおしゃべりしながら歩いており、廃線ウォークイベントというより、廃線さんぽといった趣き。のんびりとした時間が流れていきます。

1989年の同地点です。撮影・いそしず。

※2016年3月1日放送、愛媛朝日テレビ「スーパーJチャンネルえひめ・えひめ謎解き歩き」で特集された「内子座100年を支えたレール」の番組内で使用されました。この場を借りて、お礼申し上げます※

そして(旧)五十崎駅跡地です。と言っても、道路とする時に掘り下げられたらしく、面影はほとんど残っていません。ここに駅舎があったことを示すものも皆無で、寂しい光景です。

同じく1989年の同地点。撮影・いそしず。

松山自動車道と国道56号線をくぐって、さらに廃線跡をたどります。

国道脇から、山の中へと入っていくと、平坦な場所に出ました。

★↓写真をクリックすると拡大表示します↓★

そう、ここから先が、旧内子線の線路が残されている区間です。廃止後30年経ってもなお、レールは取り除かれることなく、しっかりと森の中に残っていました。

道路歩きから一転、廃線ウォークと呼ぶにふさわしい光景。

元内子駅長の詳しい解説を聞きながら、更にこの先、線路をたどっていきます。残されていた旧内子線の鉄路は、この先でいったん途切れるものの、その先で再び復活。30年という時を越え、残されていた廃止路線の鉄路。このイベントが開催された裏には、草刈りだけではない廃線復活へ懸けた労力、そして鉄路への熱い情熱が込められていました。

この先、いよいよ旧内子線のハイライト区間へ。以下、後編へと続きます。

★↓続きは、こちらをどうぞ↓★

四国に残る唯一の廃止路線の鉄路−廃線ウォークで蘇る旧内子線−【後編】


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