前回、ハチ高原の新春花火大会を見てみましたが、兵庫県北部の名所をもう少し。養父(やぶ)市の北側に位置する、豊岡市。ここには天然記念物の玄武洞があります。○○洞と名がついていますが、自然の洞窟ではありません。

ということで兵庫県豊岡市、玄武洞の案内板の前に来ました。大小合わせて5つの岩壁(洞)があり、右から「青龍洞」「玄武洞」「白虎洞」「南朱雀洞」「北朱雀洞」の順に並んでいます。そして、ここは山陰本線玄武洞駅が最寄り駅なのですが、肝心の駅は円山川を隔てた対岸にあり、この川には、はるか先まで橋が架かっていません。これでは玄武洞駅を名乗りながら、玄関としての役割を果たしていないようにも思えますが、実は、駅前から渡船が出ており、この玄武洞の前まで渡ってくることが出来るようになっています。

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一番右手にある、青龍洞です。波打つような圧倒的なスケールの岩壁。これは溶岩が固まった跡であり、冷えて固まるときに六角形(四角形〜六角形)の柱のように節理が発達したもの。玄武岩溶岩が冷えて固まる時に、よく見られる構造ですが、このように大規模に観察できる場所は限られています。

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当時、活動していたであろう火山の迫力を感じるには、十分な光景。

美しい六角形に固まった溶岩は、とても自然の造形とは思えません。

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そして玄武洞です。ここは洞窟のように穴が開いていますが、これはここで岩石の採掘を行なっていたことにより、人工的に開けられたもの。そして、元々はここが玄武洞と呼ばれていただけであり、青龍洞や白虎洞などは後年になって名付けられたものとなっています。

玄武洞の名は、節理の発達した岩肌が、蛇(蛇腹)と亀(甲羅模様)に見えたことから「玄武」に例えられて名付けられたと言われています。そして、その「玄武」から、この岩を「玄武岩」と呼ぶようになり、玄武岩質溶岩の名前として使用されるようになりました。

玄武岩質溶岩は、流れやすい溶岩であり、日本では伊豆大島の噴火、世界ではハワイの火山などが特徴的でしょうか。反対に流れにくい溶岩は安山岩質溶岩と呼ばれます。玄武岩という名は、ここ兵庫県豊岡市の玄武洞から来ている訳ですね。

そして小規模な岩肌となっている白虎洞です。

続いて、南朱雀洞。

すぐ横にある北朱雀洞は大規模ですが、この辺りに来ると節理が次第に小さくなっていることが分かります。この先が先端に近く、早く(急速に)冷えたため、節理の発達が十分でなかったのではと考えられています。

本日はゆるキャラの「玄さん」はいませんでしたが、観光用(貸し出し用)の玄さんが置かれてありました。

160万年前の火山の息吹を今に伝える、豊岡市の玄武洞でした。

今回は引き続き、そこから山陰海岸国立公園を西へ。

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途中に、本物のカエルのような岩が見えました。かえる島です。

そして兵庫県美方郡香美町に到着。続いては、こちら、余部橋梁。

山陰本線の難所に架かる橋として、当時の技術の粋を集め、1912年(明治45年)に完成しましたが、2010年(平成22年)に役割を終え、すぐ横に並行するように建設されたコンクリート橋に、その役目を譲りました。

旧橋は、当時のままの状態で一部が保存されています。100年を超えても、狂いはほとんどないそうで、当時の建築技術の高さが伺えますね。

そして旧余部橋梁へと続く線路も、当時のまま保存されており、残された橋の上は、空の駅として開放。右に見えるホームは、餘部駅のホームです。旧橋時代は、こちら側(北側)のみの片側ホームでしたが、新橋梁への付け替えに伴い、反対の山側(南側)へ線路が敷かれたため、ホームの位置はそのまま、線路の位置が反対となりました。

廃線跡を歩くと、いよいよ旧余部橋梁の上へ。舗装されており、鉄橋上ながら恐怖を感じることはありません。

日本海を見下ろして。真下をのぞける部分も、通路上に設置されています。

そして遊歩道終点。

その先で、旧橋梁の線路は切れていました。

鉄橋上から餘部駅方向。国鉄末期、この橋からは回送中の和風客車「みやび」が強風により転覆、落下するという痛ましい事故が発生しています。技術が進歩しても、それを生かす人の技術がなくては、本当の進歩とは言えません。

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短いながらも、廃線跡をたどって。

兵庫県北部の名所、山陰海岸を行く、玄武洞と余部橋梁の旅でした。

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